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たとえば、家に帰ってビールを味わう幸せ

ベルリンの家に帰ってきた。

我が家はいいな~

とビールを飲みながらしみじみと幸せをかみしめる

新年早々、思いがけなくも一つの試練がやってきて

どうなることやらと思ったが、

一日経って、意外にも、自分がわりとしっかりしているので驚いた。

痛みは、何度も味わうと慣れてくるのかもしれませんね。

考えてみれば、何かを失うことは

10年前、5年前の方がずっとずっと痛かった。

昼も夜もなく、泣いていた。

通りを歩いては思い出し、

涙をおさえられなくて、時々道端でおいおい泣いていた。

その頃から比べたら、

今の私はわりとしっかりしている。

もちろん、波はあるだろう。

また発作のように泣きたくなるときも来るはずだ。

でも、今私が、数年前よりも、失うことに対するパニックやショックに

きちんと向き合えているのは、

これは、失うものの大きさに対する執着の強さよりも、

私の、この数年の経験を通して得られた

ある種の諦め、というか、人生はそんなもんだよね、

という考え方に起因するのではないかと思う。

人生は思い通りにならなくて当たり前。


決断は、私にとって、きっと一番よい道だったし、

唯一、私が私でいられる可能性だったと思う。

つらいけど、そうするしかなかったのだ。

だから、もうごちゃごちゃあーだこーだがたがた言わないで、

前を向いていこうと思う。

選んだ道が一番いい方向に導いてくれるよ、

というのは、私の母の言葉。

いつも、彼女はこう信じている。

だから、いつも淡々と生きている。

あの人は、人生の達人。


今後、私にとっては、仕事が救いになってくれるだろう。



愛することは、傷つくことと抱き合わせ。

それでも、私は愛することをやめない。

つらい思いは、愛することの代償だ。

ときどき涙がでるけど、私はその思いも引き受ける。

痛みが怖くて人を好きにならないなんて人生、

人生じゃない!


つらい思いは、他の人の痛みを理解するのに

必要なことなのだ。

人生の先輩が、数か月前、私にメールを送ってくださった。

「あなたはいろんな点で恵まれているのだから、それなりのつらい経験も必ずやってくるはず。

そのときは、『ああ来たな』と迎え入れるのだよ」

と。

今、その「ああ来たな」の時なのだ。


昨日、私はずっと涙をこらえていた。

出発するまで。

ホテルの大家さんに、駅まで車を出してもらった。

泣きはらした顔をして、涙をこらえていたら、

「泣いてるの?」と尋ねられた。

思わず、こらえていた涙がどっと出た。

少しの間、泣きじゃくっていた。

大家さんは、私を黙って抱きしめてくれて

涙は出したらいいよ、

こらえなくていいよ、

涙が出るというのは、いいことだよ、

と言ってくれた。

嗚咽した。

抱きしめるというのは、何と大きな力を持っていることか。

温かい人達がいるというのは

何と幸せなことだろう。

痛みを味わった分、

人間の温かさや優しさを感じる。



ベルリンに帰ってきたら、

友人や家族からの日本からの郵便物が届いた通知がポストに入っていた。

ドイツ語教室の最長老のMさんから、クリスマス・カードが届いていた。

目があまりよく見えない状態で、

ルーペを使って、手書きでメッセージをつづってくれていた。

ドイツ語教室や、ご自身のことや、私の故郷の尾道のこと。

最後に、ご自身の似顔絵と、その横に、吹き出しで「お元気で!」と。

涙が出た。

とてもとても嬉しかった。

いろんなことがあるけど、先輩がいうことは本当だ、

私は、とても恵まれていると思う。

こんなに素敵な人達に囲まれている。




「失って初めて得られることがある」

と、別の先輩に言われたことがある。

今回の経験は、私の人生において一つの転機だと思うし、

私の人生に実りをもたらすことになるのだと思う。

今、痛みを味わうことそのものが

私の成長にとって、大事なことなんだ。

明日からまた仕事の日々。

何とかなりそうな、

今は、根拠もないが、

うまくいくような気がする。

愛する仲間や家族がいてくれるし。

前向いていこう。

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