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『女性の深層』と『魔笛』考

女性の深層 / エーリッヒ・ノイマン

タイトルには『女性の深層』とありますが、
この中で論じられているのは、女性性と男性性についてです。
女性性は男性性とともに考えることによって初めて明らかになる、
というスタンスのようです。

女性性と男性性はこういう特徴があって、
こういう風に関わりあっていて、こうあることが、
調和の取れた本来の姿ではないでしょうか、
というようなことが書かれています。
女性の哲学者や心理学者や文学者が書くラディカルなフェミニズム論とは全然違う。
だから素直に好意をもって読み進めることができます。

ついでだけど、
フェミニズム論はアンチ男性原理みたいなのが前面に出てると
敬遠してしまいます。
「我等女性は闘うぞ!」みたいな好戦的な態度には興ざめします。

女性として生きるということはどういうことなのか、
そういうことには興味があります。
でも、女性の権利を主張したり、ことさら感情的に女性であることの不遇を嘆いたりするような路線には走りたくないです。

もひとつ、ついでに。
女性が書いた女性論として面白かったのがこれ。

女の謎―フロイトの女性論 女の謎―フロイトの女性論
サラ コフマン (2000/07)
せりか書房

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この本については、またブログに書こうと思っています。
この人はフロイト研究の第一人者です。
多くのフェミニストはフロイトの論に嫌悪感を示すようですが、
コフマンは、感情的にではなく、ただ真理を突き止めたいという一心で、
フロイト研究に身を捧げた、現実的なようで情熱的な女性。
その姿勢には、同じ女性として尊敬します。
残念なことに、彼女は数年前に60歳で自殺したそうです。

話を元に戻します。
『女性の深層』はやや古い本ですが(1980)、
本質的なところを突いていると思います。

まあ、女性=感情、男性=理性という
やや使用感のある主張も目立つことは目立つのですが。
最近、むしろ逆では?と感じることもしばしばです。
もしや、これがフェミニスト的発想…?
それはいいとして。

3章仕立てで、最後には『魔笛』における男性性と女性性について
平明かつ的確に論じられています。
ザラストロと夜の女王を例に話を進めてくれるから分かりやすい。

個人的に、『魔笛』の奥の深さは、
勝利が男性性でも女性性でもないところにある、
ずっとそう思っていました。
そこのところで、ノイマンの『魔笛』論には共感を覚えました。

結論は、男性性と女性性を超えた魔笛の力、つまり音楽の力が勝利した、ということです。
この本の中では、音楽は女性性として捉えられています。
魔笛は女性の手から男性に引き継がれます。
そして、またパミーナの手に渡ります。
そして、もともと魔笛を作ったのはパミーナのお父さん=夜の女王の旦那です。
ということは、笛が男性のものか女性のものか、
そういう議論は別にどうでもいいのではないかと思えてくるのです。

魔笛の”Zauber”については、

「人間に情熱を与え、
悲しむ者に喜びを与え、
独身者に愛を与え」、
「試練の中で人間を守る」。

冒頭で三人の侍女も語るし、
終盤で、試練を前にしたパミーナも歌っている。
荒唐無稽とか、筋が通ってないとか、
シカネーダーの台本にはいろんな批判もあるけれど、
たしかにそうかもしれないけど、
魔笛に関しては、一貫している。
魔笛は人に愛と喜びと平和を与える媒体、
という主張は揺らいでいない。

またそれを音楽にしているモーツァルトはほんとにスゴい人だ。

そうだ、今日の夜は久々にモーツァルトのピアノソナタにしよう。

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