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ネトレプコ・ヴィラソンの『椿姫』

ヴェルディ 歌劇《椿姫》全曲 ヴェルディ 歌劇《椿姫》全曲
ネトレプコ(アンナ)、シュナイダーマン(ヘレン) 他 (2006/06/07)
ユニバーサルクラシック
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美しい舞台。
アクチュアリティと説得力のある解釈。
歌手陣の充実。
非常にいいプロダクションです。

ヴィオレッタの絶対的な孤独を強調した演出。
彼女にはつねに死のメタファーである医者が付きまとう。
彼女が頼れるのは彼だけ。
最後のシーンはぞっとする。
アルフレードもアンニーナもジェルモンも
生死の境をさまよいながら、残された最後の力をふりしぼって
救いを求める彼女に、
誰も手を差し伸べない。
舞台奥に等間隔で座っているだけ。
この距離感。
最後に彼女がすがりつくのは医者。
しかし、彼も彼女を見放し、
彼女は結局一人孤独に死んでいく。
美しい舞台ながらも、かなりシビアな解釈です。
第二幕の合唱が仮面をつけているのも意味深。
ヴィオレッタを取り巻く人間たちの匿名性。
彼女を本当に理解しているのは、
彼女の死を象徴する医者だけなのだ。

舞台上の巨大な時計は、ヴィオレッタに残された時間を刻む、
とても残酷な時計。
オペラの序曲のときから、第三幕まで何度も出てくるこの時計は、
彼女の命が削られていく様を視覚的に示す。

アルフレードとヴィオレッタはまさに夢の競演。
今、世界でも最もギャラが高いと言われるこのペア。
ヴィラソンの泣きそうなほど切なくパトスほとばしる歌唱と、
ネトレプコのやや太く、安定した力強い歌唱のバランスが見事。
歌手陣に文句をつけるなら、
トーマス・ハンプソンのジェルモン。
がんばってるのはよく分かるが、心に響いてこない。
どうしてだろう。
深みがないんですよね。
まだ若い人だから、これから熟していくのかしら。
やっぱりね、ジェルモンの老獪ぶり、
その生身の人間らしさを歌で聞かせてくれないと、
彼はただのイヤラシイおやじで終わってしまう。
これは勘弁。
だって、彼の歌は本来すばらしく深いものなのだから。

主役の二人には文句なし!
第二幕のいちゃつきシーンもほほえましくて好感が持てます。
今回見て、学んだことは、
椿がヴィオレッタの象徴だということ。
椿は枯れる前に花がぼとっと落ちる。
それは、若く美しいまま命が尽きるヴィオレッタそのもの。
ヴィッカーの演出では、
第三幕で彼女がアルフレードに肖像画を渡すところで、
その代わりに椿を手渡す。
これも、椿が若く美しいヴィオレッタそのものだということを示している。

メリハリのあるリッツィの指揮も、
迫力で聞かせた合唱もよかった。
すばらしいプロダクションだとあらためて実感しました。

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