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バーデン・バーデンの『ローエングリン』(BS-hi)

BSハイビジョンで放映された、バーデン・バーデンでのライブ。
内容は以下のとおり。

 ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォーグト
 エルザ:ソルヴェイグ・クリンゲルボーン
 オルトルート:ヴァルトラウト・マイアー
 テルラムント:トム・フォックス
 領主ヘルマン:ハンス=ペーター・ケーニヒ
 軍令使:ロマン・トレケル、他
 マインツ・ヨーロッパ合唱協会
 ベルリン・ドイツ交響楽団
 ケント・ナガノ(指揮)

 演出:ニコラウス・レーンホフ
 装置:ステファン・ブラウンフェルス

【感想】
久々に聴いた『ローエングリン』。
金管の音にしびれる。
この若々しいパワーみなぎるローエングリンのオケ、
力強く、ハーモニーの美しい合唱。
これは誰が指揮しても誰が演奏してもブラボーだろうな。

このプロダクションのNo.1はオルトルート。
毒々しさの中に気品をたたえていて、
さすがはワルトラウト・マイヤー。
立っているだけでも様になる。
オルトルートが憑依したみたい。
ふてぶてしさも、あそこまでくると好感を抱いてしまう。
第2幕では、エルザとの二重唱の美しいこと。
第2幕の大聖堂の前の場面では、どこかの貴婦人のようで、
純白のドレスに身を包んだエルザがかすんでしまうくらいの女王の風格
圧倒的な存在感がある。
主役は彼女なんじゃないかと思えるくらいに。
ただし、第3幕の幕切れがややスタミナ切れ?
ちょっと物足りなかった。
オルトルートはやっぱりマイヤーだな。
イゾルデはちょっと苦手なのだけど。

それから、クリンゲルボーンのエルザ。
う~ん…声はいい。歌唱も演技も悪くない。
ただ、心を動かすような決定的な要素に欠ける。
第3幕、夫婦喧嘩のシーンは、鬼気迫るものを期待してしまうのだけど、
クリンゲルボーンはそこがちょっと甘い気がした。

それから、ハインリヒ王を演じたハンス・ペーター・ケーニヒ。
この人は、去年バイロイトでハーゲンを歌ってバイロイト・デビューした。
私は実物の彼を何度か劇場の中で見たけれど、
本当にデカい。縦横ともに。
で、素でしゃべる声自体が地響きするくらいのバス。
聴き応え満点。
この舞台で最もブラボーが大きかったのではないだろうか。

ローエングリン。
こんなにやわらか~いローエングリンは聴いたことがない。
思えばこの男は、この世の者ではないわけだし、
そもそも男性性が非常に弱い。
だから、これくらいヤワでもOKなのかもしれない。

【演出について】
エルザを中心に据えた演出。
前奏曲の時から、エルザは舞台右手の椅子の上に座って、眠っている。
夢見ているのか。

終始照明を落とした暗い舞台は、エルザの心象風景を描写したものか、
はたまた、エルザとローエングリンの恋の悲しい結末の暗示か。
ローエングリンという白鳥の騎士は、エルザの夢想が作り出した幻影だったのだろうか。

●第1幕●
舞台はブラバントの国の軍事会議的光景。
ハインリヒ王が出てきて、演説を始める。
群衆の戦争に向かう士気も高まる。
あれほど青白く無表情で、人間的な温もりのないローエングリンもめずらしい。
絵の中から出てきたみたい。
まるで宗教音楽でも歌っているかのような澄み渡った声は文句なしに美しい。
ぎらぎらした参謀風の雄々しいテルラムントや毒々しさの中に気品をたたえた魅力的なオルトルートと比べて、ローエングリンは人間離れしていて、どこか不気味。
俗っぽさがない分、感情の動きもないから歌が一本調子。

●第2幕●
エルザをそそのかすオルトルートの演技に圧倒される。
音楽の美しさも最高潮に。
テルラムント(トム・フォックス)が本当に悪そう。
婚礼の場面では、エルザは再び椅子の上で眠りについている。
したがって、ローエングリンとの華々しい結婚式もまた幻想らしい。
男声合唱は一般市民として登場。
新聞を手にした彼らは口々に(おそらくテルラムントの)噂をしている。
戦へ向かうために集まる男声合唱にはすばらしい音楽があるのだが、
レーンホフのこの舞台ではその合唱の前半が削除されていて、
スコアをいじった点で、ここはブー。
合唱がやいのやいのやっているところへ、オルトルートが女王さながらの堂々とした様子で登場。
オルトルートの裏切りにエルザも負けてはいない。
女と女の熾烈な闘い。
ここが妙にリアルで人間臭い場面だった。
パロディかと思えるくらいのコテコテっぷり…

●第3幕●
エルザとローエングリンの初夜の場面。
ローエングリンはグランドピアノに腰掛けて、
悠長に作曲かなにかをしている。
(一体誰なんだ、ローエングリンは!)
エルザは最初からキリキリしている様子。
それでいて迫力がないから、見ているほうは白ける。
彼らの間には、コミュニケーションがあるようで、ない。

最後の場面は第1幕の舞台美術と全く同じだが、
舞台が真っ暗で、うっすら主役たちの顔が見えるくらい。
バックにいる合唱の顔も見えない。

ローエングリンが氏素性を名乗る時、
エルザはハインリヒにしがみついている。
(この二人、一体どういう関係?)
彼女は最終的にはローエングリンにもハインリヒにも見捨てられ、
一人置き去りになる格好。
ローエングリンはあっさりと消える。
代わりに出てくるのは、パンツ一丁の男の子(ゴットフリート)。
合唱たちは、恭しくパンツ坊やの前にひれ伏す。
ブラバントにとって、ローエングリンはそれくらいの存在でしかなくて、守護者は誰でもよかったということなのか。
あっけない最後。
これがレーンホフの狙いだろうか。

以上、この演出を一言でまとめるなら、
エルザの妄想の産物に過ぎなかったローエングリンの存在って
所詮こんなもん。
くらいかな。

2 Comments

今日のひとこと  

はじめまして^^

私の芸能サイトで
こちらの記事を紹介させて頂きましたので
ご連絡させて頂きました。

紹介記事は
http://newstoday0002.blog96.fc2.com/blog-entry-222.html
です。

これからもよろしくお願いいたします^^

2007/04/16 (Mon) 18:10 | EDIT | REPLY |   

オーレンカ  

一つの意見

>フォックスのテルラムント、トレケルの式部官ともに立派な声で頭に毛がない。

確かに~!

>朗々と強い声を出し続ける事のない、柔らかい歌い方。声が全くヘルデンテノールではない。
役作りでは、人間を超えた存在らしさを強調する、ほとんど直立したままで歌う事が多く、
エルザにとって取り付く島がないことを強調しているのか(だから頼りの王様へ行ってしまう)。

な~るほど…そうだったのか。

2007/04/16 (Mon) 18:15 | EDIT | REPLY |   

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